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アマチュア落語家の小竜治です。
今回は私が落語教室で一席目に覚えたネタ『道灌(どうかん)』の台本を公開してみようと思います。
落語の台本作成の参考にしていただいても構いませんし、私の備忘録としての役割もあります。
『道灌』のポイント
『道灌』は落語の基本であるリズムやメロディを学ぶのに最適な一席。
柳家一門やそこから派生した立川流では、まず最初に教わるネタとされています。
『道灌』のポイントはこちら。
- 八五郎が真似しようとしてうまくいかない、落語のオーソドックスなネタ
- 登場人物が少なく、初心者向け
- 八五郎の「やってみたい」というモチベーションをいかに表現できるか
- 笑いどころが少なく、あまり笑いが取れるネタではない
正直あまり笑いが取れるネタではないのですが、登場人物が少なく、ネタの構成もオーソドックスな型なので、初心者向けのネタですね。
『道灌』を選ぶなら、笑いはそこまで求めず、落語の口調、リズムを身に付けるのを目的に取り組むといいかも。
参考にした音源
台本作成時に私が聞いたのは、柳家小さん師匠、立川談志師匠、橘家文蔵師匠(文左衛門)、柳家三三師匠の音源です。
柳家一門、立川流の前座が師匠から一番最初に教わるネタということで、それに憧れて『道灌』を選んだくせに、最終的に参考にしたのは文蔵師匠の音源でした。
理由は単純で、文蔵師匠のが一番わかりやすくて面白かったから。
これは『道灌』だけじゃなく他のネタにも言えることですが、文蔵師匠は古臭くてわかりにくい言葉も、わかりやすい言葉に変えてやられてます。
しかも面白い!
なので参考にしやすいんですよね。
『道灌』の台本
ここから先は、私が『道灌』にチャレンジしたときの台本を公開します。
台本作成の参考にしていただいて構いません。
想定時間
この台本でやった場合の想定時間は、12~13分ぐらいです。
マクラで自己紹介しても余裕で15分におさまります。
八五郎がご隠居さん家を訪ねる
八五郎:こんちは~!隠居さんいますか~?
ご隠居:おお、誰かと思ったらはっつぁんじゃないか、しばらくだったな。まあまあお上がり
八五郎:おっ、いたね!よかったよかった
ご隠居:たまには寄っておくれよ。お前さんは職人、あたしは隠居の身だがな、気が合うというのは不思議なもんだ、合縁奇縁とでも言おうかな。
お前さんの顔しばらく見ないと、妙にさみしくていけないよ
八五郎:え?あ、そうっすか?嬉しいね、そういうこと言ってもらうと。
いや、実はあっしもね、隠居さんの顔しばらく見ねえってえと…
ご隠居:なんだ、やっぱり寂しいか
八五郎:いいえ、通じがつかねえんすよ
ご隠居:おいおいおい、人の顔でそんなもんつけるんじゃないよ
太田道灌の絵について教えてもらう
八五郎:そういえば隠居さんち来るたび思ってたんですがね
ご隠居:何だい?
八五郎:隠居さん、絵が好きですかね?
ご隠居:おや、わかるかい?
八五郎:わかるかいって、だって部屋中に絵がぶらさがってるじゃねえっすか
ご隠居:ぶらさがってると言うやつがあるか。掛けてあるんだな
八五郎:あ、そうっすか。隠居さんの後ろにかかってるその絵は何ですか?
ご隠居:どの絵だい?
八五郎:なんかね、ちょろちょろっと流れてる川のところにね、椎茸があおりを食らったような帽子をかぶって、 虎の革の股引を穿いて、ぼ~っと突っ立ってる間抜けな野郎の絵だよ。
その脇に洗い髪の女がお盆の上にライスカレーのっけてお辞儀してんだ。
ハハ、変な絵
ご隠居:どんな絵の見方をしているんだよ。
この人がかぶっているのは椎茸があおりを食らったような帽子なんかじゃない、騎射笠というんだな。
穿いているのは虎の革の股引なんかではない、行縢(むかばき)といって、まあ狩りのときの衣装だね。
女の人がお盆の上にのせているのはライスカレーではなくて、山吹の枝だよ
八五郎:誰なんですか?この人は
ご隠居:太田左衛門大夫持資(さえもんだゆうもちすけ)、のちに入道されて太田道灌になられた
八五郎:へ~え、何やってる絵なんです?
ご隠居:これはな、太田公が家来を連れて狩倉へと出かけた絵だな
八五郎:へ~え、あ、そうですか。何ですか、その狩倉ってえのは
ご隠居:狩倉というのは鷹野だ
八五郎:鷹野ってえと?
ご隠居:野駆けだな
八五郎:野駆けってえと?
ご隠居:銃猟だ
八五郎:銃猟ってえと?
ご隠居:お前さん、何も知らないんだね。つまり鳥や獣を獲りに行ったんだ。するとにわかの村雨だ
八五郎:え?
ご隠居:だから村雨にあったんだよ
八五郎:そうですか、なるほど、村雨ですか…村雨ね…あっしも村雨じゃねえかと思ったんですよ。
村雨ねぇ…村雨…って何です?
ご隠居:お前さん、知らないならすぐに聞きなよ。村雨というのはつまり通り雨のことだな。
困ったことに太田公、雨具の用意がなかった。どうしようかと辺りを見回すと、そばに一軒のあばら家があった
八五郎:油屋がいたの?
ご隠居:油屋ではなくあばら家。壊れかかった粗末なうちをあばら家というんだな。
雨具を借りにそのあばら家を訪れると、中から出てきたのは二八あまりの賤の女(しずのめ)だ
八五郎:スズメが出てきたんだ?
ご隠居:スズメじゃないよ、賤の女。身なりの粗末な女とでも言おうかな。
顔を赤らめてその女が、お盆の上に山吹の枝をのせて「お恥ずかしゅうございます」と差し出したのが、この絵だよ
八五郎:へ~え、じゃあ太田さんが雨具がなくて困ってたんだな。
それであばら家に行って雨具を借りようとしたら、中から出てきた賤の女がお恥ずかしいってんで…
山吹の枝を出した?こりゃおかしいね。
だって、雨具を借りに来たんでしょ?何で山吹なんか出すの?山吹の枝で雨はらえっての?そんなんできねえよ!
だったら芋の葉っぱとか蓮の葉っぱとか出せばいいのにね。何だそれ、山吹の枝出して、お恥ずかしいて…
冗談じゃねえ!
ご隠居:まあ落ち着きなさい。お前さんにわからないのも無理はない。太田公もおわかりにならなかった。
しばし呆然としていると、家来のひとりがやってきて、
(家来の口調でお辞儀しながら)
「おそれながら申し上げます。いにしえの歌に、
『七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき』
という歌がございます。
山吹は花が咲いても実のならぬもの、お貸ししたいが蓑がございません。実と蓑をかけた雨具の断りの意味ではありませぬか」
これを聞いて道灌公、はたと小膝を叩かれて、
(道灌の口調で)
「ああ…予は歌道に暗いのう」
と言って御帰城になったんだ
八五郎:え!?じゃあなに、その賤の女が歌で殿様をへこましたんだ!やりやがったね!へ~え…
それで何です?御帰城ってぇのは?
ご隠居:自分の城に帰ったんだな
八五郎:え?太田さんてえのはお城を持ってたんですか?
ご隠居:持ってたんですかって、千代田の名城、今で言う皇居、あれは道灌公が築かれたお城だよ
八五郎:嘘言っちゃいけねえや!あれは徳川さんのお城でしょ?
ご隠居:いいかい、元は太田公のお城だったんだよ。のちに徳川様のものになったんだよ
八五郎:へ~え、じゃあ、徳川さんが太田さんから家を買ったんだ。安く買ったろうね…家安(家康)って言うから!
ご隠居:ばかなこと言ってんじゃないよ
八五郎:それで太田さんはどうなったんですか?
ご隠居:お城に帰ってから一生懸命勉強されて、のちに日本一の歌人となったな
八五郎:燃えたね!日本一の火事?
ご隠居:いや火事じゃないよ、歌人。歌を詠む人を歌人と言うな
八五郎:じゃあ、詠まねえ人はボヤ?
ご隠居:そんなことは言わないよ
八五郎:さっきの雨具の断りの歌を教えてくださいよ、紙に書いてくださいよ
ご隠居:なんだい、覚えようというのか?
八五郎:いや、違うんすよ。うちによく、太田道灌が来るんすよ
ご隠居:何だい、お前さんちに道灌が来るというのは?
八五郎:いや、雨具借りに来るのが道灌でしょ?ね?雨が降ると来るんすよ、貸してくれって友達の道灌が。
うちに雨具ぐらいあるから貸してやってもいいんだけど、後で返してくれたためしがねえんすよ。
だから今度来たらね、あっしが女形になってね、出すんですよ、お恥ずかしいって。で、詠ませるんですよ。
で、わかんなかったら歌道にくれえなあっつって追い返してやるんすよ
ご隠居:お前さん、そんなことを考えてるのかい?
(扇子と手ぬぐいで紙に文字を書く所作)
ほら、書けたよ
八五郎:お、ありがてえね、仮名で書いてくれた。これなら読めるぞ。
ええと…ななへやへ…
ご隠居:七重八重だよ
八五郎:はなはさけとも…
ご隠居:濁りをつけて読みなさい。
「七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき」だ
八五郎:ああそうか。これわからねえやつを歌道に暗いってんだね。
ご隠居:そうだよ、歌道に暗いというんだよ
八五郎:で…何ですか、その歌道に暗いってえのは?
ご隠居:お前さんわからないで言ってたのかい?歌の道と書いて歌道じゃないか
八五郎:ああ、歌の道で歌道か、なるほど。じゃあ水の道で水道だね
ご隠居:バカなこと言ってんじゃないよ
八五郎:もうひとつ教えてほしいんですがね
ご隠居:何だい?
八五郎:晦日になるとね、うちに借金取りが来るんですよ。いま銭はねえって追い返す歌はねえんすか?
ご隠居:そんな都合のいい歌があるかい
八五郎:あっしはこれで帰りますわ、どうも!さいなら!
八五郎が教わったことを実践しようとするが…
八五郎:(歩きながら)やっぱり隠居さんはいろんなこと知ってるね。まさか雨具の断りの歌があるとはね…
あら?ぽつぽつ降ってきやがったよ。いけねえ、急いで帰ろっと
(急いで帰る、上手から座って下手に顔を上げる)
どっこいしょっと、ひやぁ、危ねえとこだったよ
(家の中から外を見渡しながら)
表はみんな慌てて走ってるな。みんな雨具ねえからだよ。するってえと、これみんな道灌かい?いろんな道灌がいるね
友達:おう、八公いるか?
八五郎:おう、なんだ?
友達:ちょいと借り物があるんだ
八五郎:借り物?おおそうか、さっそく来たな、道灌!
友達:なんだその道灌てのは?
八五郎:いいんだ、上がってくれ上がってくれ
友達:いや急いでんだ、借り物
八五郎:おっとっと、わかってんだおめえの借りてえものは。だが念のため聞いとこう
おめえいってえ、なに借りにきた?
友達:すまねえな、急いでんだちょいと。提灯貸してくれよ
八五郎:提灯!?おめえ雨具借りに来たんじゃねえのか?
友達:いや、帰り道暗くなるとあぶねえからよ、提灯借りに来たんだ
八五郎:そうじゃねえよな、この雨だもんな、雨具…
友達:じゃねえよ、提灯だよ!見ろよ、合羽着てんだよ!雨具いらねえ
八五郎:やな道灌だな、合羽着てやがんのかよ。提灯なんか無えよ!
友達:無えって、そこに掛けてあるじゃねえか!それ貸してくれよ!
八五郎:それじゃあ、雨具を貸してくださいなって言え!提灯貸してやっから
友達:なんかよくわかんねえな。言えばいいんだな…じゃあ、雨具を貸してくださいな。
これでいいかい
八五郎:(女口調で)やっと言ってくれたのね。女形なのよ。お恥ずかしい…
友達:おい!何はじまったんだよ、おい!大丈夫か?
八五郎:(女口調で)いいから、いいからこれ読んで
友達:気持ち悪いよお前…え?これ読めっての?面倒臭えなぁ…ええと、ななへやへ…
八五郎:馬鹿野郎!七重八重ってんだ!
友達:はなはさけとも…
八五郎:この素人め!良く聞け!それはこう読むんだ!
七重八重 花は咲けども…や…や…山伏のってんだ。味噌ひと樽と 鍋と釜敷き
友達:何だそれ?お前が考えた都々逸か?
八五郎:都々逸?これを都々逸ってえところをみると、お前はよっぽど歌道に暗いな!
友達:ああ、角が暗えから提灯借りに来たんだ
【さいごに】『道灌』の感想
初めて覚えたネタということで、とにかく大変でした。
- 音源を決める
- 台本を書き起こす
- 暗記する
- 落語口調で演じる
- 登場人物の気持ちを表現する
どれも大変でした。
『道灌』は登場人物が少ないので割と楽ですが、逆に言うと、話が単調になりやすい。
序盤はずっと八五郎とご隠居の二人の会話で、場面転換もないですからね。
笑いも少ないので、客前でやってもウケない。
でも、だからこそ、落語の基礎を身に付けるにはもってこいのネタだとも思います。
以上、参考になれば幸いです。
文蔵師匠の『道灌』を聞く方法
文左衛門時代の音源をアマゾンプライムの会員なら、無料で聞くことができます。
私は当時、iTuneストアでわざわざ購入しましたが、今はサブスクで聞ける。
しかも購入するより安い値段で…いい時代です。
>>amazon music 『道灌』橘家文左衛門(橘家文蔵)
もちろんCDもあります。
動画で『道灌』の所作を確認
荒川区の公式Youtubeチャンネルに、三遊亭王楽師匠のネタがありました。
笑点のピンクの人、好楽師匠の息子で5代目圓楽師匠のお弟子さん。
まあ、所作の確認はできます。